

小笠原青年の旅2023
旅の日程
2023年 9月8日(金)〜9月13日(水)





おがさわ丸を降りて埃の積もった下宿に戻った今もなお、からだは波に揺れ続けています。
丸一日前、私は父島を発ったのでした。小1時間前に笹のような葉っぱを編んでつくった下手くそなレイを海に舞わせ、船を送りに港に押し寄せた島の方々にぎこちなく手を振ります。澄んだ海に消えたあのレイに籠った意味が、無事に帰ってくるという祈りだったと思い出して、それでも私には話からの実感は湧いてきませんでした。別れというものが、切実に感じられなかったのかもしれません。この島にも、ここで出会った人にもまたすぐ会える、どこかそんな気がしていたのかもしれません。
父島はあたたかい島でした。言葉からそうでした。英語混じりのその言葉は、いろいろな言葉を持つ人々が絡まり合い、ほどけ、結び直して、そうして紡がれてきた小笠原のお歴史そのものであるように思いました。主日礼拝の日、聖ジョージ教会に集まった信徒さんの出自だってさまざまに見えて、欧米系や南洋系、日本系といった人々をすっぽり受け入れている。そうしたふところの広さが、小笠原のあたたかさを織りだしているのだと、そう思いました。
そんなあたたかさに、つい数日前に島にやってきたばかりの環境客もまた、織り込まれていくのでした。交通手段がわずかな船と村営に限られたこの小さな島で、私たちは一人の人と二度、三度、巡り会うのです。蘇澳した人たちと、私たちは目配せし、言葉を交わし、ときには膝を突き合わせるのでした。私たちはもはや、すれ違うだけの他人ではありませんでした。すでに小笠原のなかに、共に編み込まれているかのように思えました。
小笠原では、ひとも、ことばも、幾度なく絡まり合っていくのでした。絡んでは離れ、ふたたび結ぶ、そんな場所に思えました。もしかしたらそんなのは、波に揺られて夢見心地の私が見たなまぼろしに過ぎないのかもしれません。それは私が小笠原に見た夢にすぎなくて、本当はすぐに再会など叶わないのかもしれません。それでも、もう少し、夢を見ていたいと私は思うのでした。
